なぜ、「在庫を減らせ」では在庫が減らないのか
──号令に代わって経営が課すべきもの
期末の在庫金額を見て、「来期は在庫を2割減らす」と号令をかける。翌期、たしかに在庫は減る。しかし数ヶ月後、欠品と機会損失の報告が増え始め、期の後半には現場の発注が緩み、在庫は元の水準に戻っている──。この往復運動を、数年おきに繰り返している会社は少なくありません。原因は現場の怠慢でも、号令の弱さでもありません。経営が「結果」を指示して、「結果を生むプロセス」を指示していないことにあります。本稿では、号令が構造的にリバウンドする仕組みと、在庫金額の目標に代えて経営が課すべきものを解説します。
号令がリバウンドする仕組み
在庫金額は結果指標です。商品計画・発注・生産・販売という一連の判断の連鎖の末に現れる数字であり、それ自体を直接動かすレバーは存在しません。「在庫を減らせ」と言われた現場に取れる行動は、実質的に一つ──発注・生産を絞ることだけです。絞れば、売れないSKUと一緒に売れ筋も絞られ、欠品が始まります。
ここで往復運動を駆動するのが、2つの損失の見え方の非対称です。欠品の痛みは、売上減の数字と営業からの強い訴えとして、即座に、大きな声で経営に届きます。一方、在庫を持つ痛み(資金の固定・保管費・将来の値引き)は静かで、誰も騒ぎません。声が大きい方に組織は反応しますから、期の後半には発注が緩み、在庫は戻ります。号令→圧縮→欠品→売上減の訴え→緩和→リバウンド。このサイクルを一周するたびに、組織には「在庫削減とは売上を犠牲にする施策だ」という学習が蓄積され、次の改革への抵抗が強くなっていきます。号令の最大のコストは、実はこの学習です。

経営が課すべきは、在庫金額ではなく「判断のプロセス」
在庫が結果である以上、経営が管理し、目標を課すべきはその手前──追加発注・生産調整・投入停止という判断が、誰によって・いつ・何を見て下されているかです。私たちはこの管理対象を判断・検知・責任の3点に整理しています(3点それぞれの中身と、欠けている会社で何が起きるかは別稿「なぜ、在庫は多いのに欠品はなくならないのか」で詳述しています)。
号令との違いは、指示の宛先です。「在庫を2割減らせ」は結果への指示で、現場には絞る以外の選択肢を与えません。「乖離が出たら10日以内に追加か停止かを決めろ。決める会議と権限はこう置く」はプロセスへの指示で、現場に動き方を与えます。そしてプロセスが機能し始めると、在庫は「圧縮すべき悪」から「需給が健全かを示す計器」に変わり、号令をかけなくても下がり始めます。
「減らせ」と言わずに減らした会社
健康食品のある企業(年商80億円規模)では、成長する定期通販と、販促で大きく変動する店舗・量販・EC単発の間で在庫の取り合いが起きていました。繁忙期のたびに定期向けの在庫が単発需要に食われ、解約リスクが顕在化する。従来型の経営であれば「全体の在庫水準を見直せ」という号令が出る局面です。
実際に行われたのは、号令ではなく在庫の設計でした。在庫を専用枠(定期向けに確保)・共用枠・フリー枠の三層に設計し直し、定期契約数という先行指標を月次の計画に組み込んで3ヶ月先の確定需要を可視化し、マーケティングの広告投下計画と需給計画を同期させる。誰も「減らせ」とは言っていません。判断の材料と枠組みを変えただけです。結果は、定期向け欠品ゼロを18ヶ月維持しながら、店舗・EC側の機会損失も前年比31%減──守りと攻めの数字が同時に改善しました。ブームが収束する局面のアウトドア用品企業でも、号令ではなく実需追随型への供給構造の転換によって、滞留在庫と欠品率が同時に改善しています(別稿で詳述)。
経営者が次の会議でできる、3つの問い
自社の判断のプロセスが設計されているかは、次の3つを問えば数分で分かります。
- 「先月、計画と実勢が最も乖離した商品は何か。乖離が分かったのはいつで、対応を決めたのはいつか」──日付で答えが返ってこなければ、検知と判断は設計されていません
- 「欠品による機会損失は、年間いくらか」──即答できる会社はほとんどありません。過剰在庫と同じテーブルに欠品ロスを載せることが、非対称を壊す第一歩です(推定の手順は別稿で公開しています)
- 「在庫目標を持っている役員は、欠品の責任も持っているか」──持っていなければ、往復運動は構造的に止まりません
まとめ
「在庫を減らせ」がリバウンドするのは、結果指標への指示だからです。経営が課すべきは在庫金額の目標ではなく、判断のプロセスの設計です。ただしこの設計は会議体と権限の再配置を伴う変革であり、そして多くの場合、号令の主は経営者自身であるため、社内からは最も言い出しにくいテーマでもあります。だからこそ、号令に代わる最初の経営行動は指示ではなく計測です──自社の損失がどの型か(欠品優勢か・値引き滞留優勢か・両方が同時に起きるねじれか)を数字で特定する。売上在庫診断「URESUJI」はそのための道具であり、その先の設計と定着は需給・在庫プロセス改善コンサルティングで伴走します。
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